BRAZIL-PERU 2004 「太鼓協奏曲」 2004/06/10〜22

みなさん、こんにちは。 たった今サンパウロに到着しました。
しかし、残念なお知らせがあります。 野村万之丞さんが亡くなられました。

丁度、ニューヨークの空港で三枝さんと万之丞さんの事を話していました。多分、僕が思うにこの時間に万之丞さんは、天へと駆け登って行かれたのではないでしょうか。それにしても素晴らしい才能をまた失ってしまいました。万之丞さんの事はこの旅の中で記事を書きたいと思っています。心が張り裂けそうな気持ちです。

旅の地より、謹んで、故野村万之丞さんのご冥福をお祈り申し上げます。

 

野村万之丞さんに捧ぐ

2004年6月11日
みなさん、こんにちは。明徳です。
今回、僕は作曲家・三枝成彰氏の「太鼓協奏曲」演奏の為、ブラジルはサンパウロに来ています。僕にとって「太鼓協奏曲」は、昨日6月10日、44歳という若さでこの世を去った野村万之丞さんとの出会いの曲でもあり、とても思い入れの深い曲です。僕はこの曲の為に世界中何カ国をまわった事か。6月13日のサンパウロ公演は、友人でもあり、先生でもあり、尊敬する万之丞さんに捧げたいと思います。

今回の共演者は大鼓(おおつづみ)の大倉正之助さん、和太鼓の林英哲さん、篳篥・稲葉明徳、オーケストラは ORQUESTRA JAZZ SINFONICA DO ESTADO DE SAO PAULO 、マイストロはウィーン在住の森本恭正さんで、サンパウロ最大のホール SALA SAO PAULOで演奏します。太鼓協奏曲の他に三枝さん作曲の「バイオリン コンチェルト」をバイオリニスト深山尚久さんで演奏します。昨日リハーサルを観ましたが、大変美しい音のバイオリニストです。

大鼓(おおつづみ)の大倉正之助さん 大倉正之助さんサイトリンク

和太鼓の林 英哲さん 林 英哲さんのサイトリンク

マイストロ 森本恭正さんと作曲家 三枝成彰さん 

ブラジル サンパウロ


写真は僕達が滞在している「Blue Tree Hotel」と部屋から見た景色です。今ちょうど工事中です。


今回の出演者林英哲さん(中央)と深山尚久さん(左)です。

テレビではレーガン元米国大統領の国葬の模様をCNNが生放送しています。盛大な葬儀です。レーガン大統領は霊柩車で墓地へと運ばれて行きます。僕にはこの模様が万之丞さんの御葬式とダブって見える。せめて最期は楽器を演奏して送ってあげたかった。ご冥福をお祈り申し上げます。

今ブラジルでは信号で停止している車に押入る強盗が頻発しているそうです。恐いですね。また、信号で停止すると若い子が駆寄り、サイドミラーの上にキャンディーの様な物をかけて行きます。これを受取るとお金を払わなくてはいけない様で、ドライバーは窓を少しだけ空けて「いらないよ〜」と言っています。

2004/06/12 UP

異文化交流の瞬間

午前中、サンパウロの日本領事館にご挨拶に行った。領事館の警備はとても厳重で入るのにかなり多くの手続きをした。

【Blue Tree Hotel】
今回のホテルはその名の通り、青木建設が経営していたホテルだそうで「メニューにカレーライスやすき焼き、朝食には生卵かけご飯もある」と三枝さんが教えてくれた。そんな訳でお寿司、すき焼き、最後にカレーライスまで食べた。いやぁ〜美味しかった。やはり祖国の料理を食べると落ち着くね。

【英哲さんの太鼓】
実は1ヶ月前に送っているにも関わらず、まだ届いていないそうだ。「えっ!やばいじゃないですか?!」と言うと
1)日通が使えず外資系の運送屋だったので、スイス経由になってしまった事。
2)太鼓を持込むのに税金が200万円かかり、交渉するのに時間がかかっている。
3)昨日6月10日は祝日で税関は休み。今日はデモが行われている事。

色々な要素が重なり合い、まだ手元に入って来ていないそうだ。そればかりかもっとヤバいのは、明日からは土日で休日だ。本番は日曜日だから、今日中に太鼓が届かないと英哲さんの太鼓は使えないのだ。

【異文化交流の瞬間】
午後3時よりリハーサルが行われた。僕はブラジル人が正之助さんの大鼓(おおつづみ)を打ちながらの語りや、岩をも砕く様な英哲さんの太鼓を、そして僕の篳篥を聞いてどう反応するのか?すごく楽しみだった。そして正之助さんが「夢と現(うつつ)の境のない頃の話し…いやぁ〜」と謡い始めると、オケのブラジル人達が笑い始めた。どうやら本気で堪えられない様子だった。最初は「あれ…!?バカにしてるのかな?」とも思う程だった。しかし、いつしかその笑いは僕にも移ってしまい、込み上げて来る気持ちを堪える事が苦しい程だった。
英哲さんが現地調達の小さい太鼓で演奏し始めると、何か形を変えて、増々その衝動は激しくなり、僕が演奏する頃には完全に一つの世界が出来上がり、いつもまにかオーケストラは心地良い集中力の中にいた。味わった事のない異文化との交流が行われた瞬間だと、僕は理解した。演奏が終わると大きな拍手が皆の中から自然と起こった。皆、素晴らしい芸術家だ。僕はこういう人達の中で演奏できる事を誇りに思う。

ORQUESTRA JAZZ SINFONICA DO ESTADO DE SAO PAULO


【歓迎レセプション】
リハーサル終了後、歓迎レセプションをして下さった。遠いブラジルの地で志を持ち生きて来た人々は心暖かく、明るく、最高の人達だった。宴も酣(たけなわ)になるとドラム、ギター、ボーカルで歌を歌ってくれた。最初は静かに聞いていたが、次第に心と体がムズムズして来て、どうしても一緒に演奏したくなり、篠笛1本もって乱入してしまった。まったく知らない曲だったがとても楽しかった。

【神の御加護】
歓迎レセプションが終わりバスに乗込む頃、スタッフが嬉しそうな顔で走って来てこう言った「たった今太鼓が到着しました!!」「よ〜しっ」と心にスイッチが入った瞬間だった。

ご鎮座

スイス経由でようやく届いた英哲さんの太鼓

【SALA SAO PAULO】
いよいよサンパウロ本番の日がやって参りました。今日の劇場はサンパウロでは最大で最高のホールだと聞きました。残響音が3秒から17秒まで調整できるらしいです。もう今頃林英哲さん達は劇場へ行き、残響音の調整等をしている頃だと思います。そんな訳で、SALA SAO PAULOの外観とホール内の模様です。

2004/06/14 UP

SALA Sao Pouloの演奏

2004年6月13日
6時開演予定を、照明の仕込みや様々な問題で6時45分開演に変更した。コンサートはマイストロ森本恭正の下、三枝成彰作曲「バイオリンコンチェルト」バイオリン・深山尚久で幕を開けた。サンパウロで一番美しく大きなホール、世界でも10本の指に入るホール、「SALA Sao Poulo」の懐の中で、情熱の籠った森本恭正氏の指揮に導かれ、美しい深山尚久氏のバイオリンの音、そしてオーケストラはリハーサルをはるかに凌ぐ美しい音を奏で始めた。2曲目はブラジルの曲、休憩を挟み3曲目の「太鼓協奏曲」が始まった。

客席後方より大倉正之助氏の静かなかけ声(よぉ〜)で始まり、謡曲風に「夢と現の境のないころの話〜」と展開する。遠くから太鼓の音が聞こえ、篳篥が力強い旋律を奏でると、音楽はクライマックスへと突入する。カデンツァは林英哲氏が10分にもおよぶ白熱した太鼓ソロを叩いた。演奏が終わると場内に割れんばかりの拍手が起こった。島田雅彦氏の詩も素晴らしい。三枝さんの旋律も美しい。そして正之助さん、英哲さんも素晴らしい。この曲には魂を揺さぶる力がある。

2004/06/16 UP

ペルーへ

2004年6月14日
朝6時45分、ホテルのロビーに集合し、これからペルーのリマへ移動です。英哲さんと深山さんは今晩23時30分頃の飛行機で帰国します。サンパウロは大西洋側(東側)でリマは大平洋側(西側)だから、僕達は、南アメリカ大陸を飛行機で横断する事になります。4時間弱のフライトです。ブラジルは赤い土が印象的だったのに対し、ペルーは白い砂。誘拐が産業になっている…なんて言う噂もあるから、ちと不安。しかし移動日は何のプレッシャーもないので、観光気分で最高です。バッグをパックする面倒臭さを除けばね(笑)

インカ文明とナスカの地上絵

2004年6月15日
【太鼓が…】
聞いた話では、まだ太鼓はブラジル出国許可が下りてないそうです。おまけにまだストライキもやってるそうです。
「頼む、ブラジルの人!太鼓送ってくれ!」

しかし、そんなハプニングのお陰で?ナスカの地上絵を観に行く事になりました。テレビや雑誌では観た事はあるけど、さてさて…


朝食(笑)

午前8時、ホテルのロビーに集合し空港へ。ガイドがいないので、これまたちと不安。気の良さそうな運転手のおじさんはスペイン語しか話せないし大丈夫かな?とも思うけど、ま〜何とかなるさ…空港では天候不順でかなり待たされたが、10時過ぎに離陸。ロシア製の古いプロペラ機でインカ空港へ向った。

雲が多く地上の風景は見えなかったが、木のない高い山が延々と連なっていた。着陸体制に入り、雲の下に下りると、そこは砂の街だった。何ともインパクトの強い風景に心がワクワクした。

【パン アメリカン ハイウェイ】
この道はナスカの地上絵を横切り、何と!アラスカまで続いていると、現地のガイドさんが言っていた。


上空から見たパン アメリカン ハイウェイ

【インカ博物館】
美しい土器やミイラ等、インカ文化を拝見した。かなり衝撃的だったよ。

【砂漠のオアシス】
日本語に訳すと「砂山ホテル」という、オアシス内のホテルで昼食をとった。すごいロケーションで、今度来る機会があったら、一度泊まってみたいホテルだ。砂漠のオアシスを体感した貴重な時間だった。

【ナスカへ】
十数人乗りの小さな飛行機でナスカへ向かった。離陸の瞬間、ジェットコースターさながらの滑り出しに、一同「お〜っ」と声を上げた。みんなワクワクしていた。眼下に見下ろす木々のまったく無い砂山。エキゾチックな砂漠の街。フライトも案外揺れは少なく順調だ。時折、川の跡?と思われる模様があり、そこだけ緑の木が生えている。そして地上絵らしき紋様も見えた。「あれは何?」と尋ねてみたが答えは無かった。さてさて、昔の人が残した紋様なのか、はたまた誰かの悪戯(いたずら)なのか?

【ウチュージン、ヒダリ】
順調な飛行に突然ブレーキがかかった。「うわぁ〜!」空の上の急ブレーキは何とも嫌な感じだ。そして急旋回。「宇宙人ヒダリ、…宇宙人羽のした…」辿々しい日本語で副操縦士が言った。最初何処の事を言っているのか分からなかった。「羽の下とは、一体どこが下なのだ?」等と探していると、山の岩肌に宇宙人はいた。

一同大喜び!「あ〜っ、いたっ〜!お〜!」大きな歓声が上がった。「次はイーティー。右、ちょっと待って!」副操縦士が言った。右側の席に座っていた正之助さんはいち早く発見したが僕には発見出来なかった。続いて猿、犬、コンドル、クモ、ハチドリ、フラミンゴ…と続いた。とても感動的ではあったが、暑さの所為なのか、それとも精神的な所為なのか、嫌な汗が吹き出てきた。操縦士が僕達に見やすくしてくれようと、機首を傾ければ傾ける程、逆に僕の三半規管は壊れて行った。
「これで終わり!」と副操縦士が言うと、何故だか深い睡魔が襲ってきた。後から聞けば、皆も爆睡したそうだ。
でも一体、いつ、誰が、何の為に書いたのか?不思議さと飛行機酔いで、なんとも複雑な心境だった。

2004/06/17 UP

ペルー公演

2004年6月17日 
今日、はじめてペルーのオーケストラとリハーサルをした。最近、国立劇場が火事で燃えてしまったそうで、今回は日秘文化会館でコンサートをすると聞きました。オーケストラは国立管弦楽団です。林英哲さんが帰国した後は、一番弟子の上田秀一郎さんが太鼓です。英哲流の力強さを受け継いだ、素晴らしい音楽家です。リハーサルが始まると、今回もやはり正之助さんが謡いに、オーケストラの音がキューと引き締まって行くのを感じました。ブラボー!

ペルーのスタッフが歓迎会をして下さった。歌あり、踊りありの楽しい宴だった。そして今回も篠笛持って乱入してしまった。...(^^;;
サンパウロのセッションはサンバだったので、知らない曲でも何とか乗れた。今回は3拍子の一体何と言うリズムなのであろうか?はじめ少し手こずったが、最後は何とか決まったかんじ。(笑)でもセッションは演奏が上手く行く事も大切だけど、心を裸にしてぶつかりあう事が大切だと僕は思っている。セッション後の会場の雰囲気はガラッと変わったような気がするよ。

2004/06/19 UP