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上海万博日本館の音響

05 15 *2010 | 音楽

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昨晩、上海万博日本館で演奏しました。
「心達心演唱会」と題し、僕達(天平楽府)の他に、
日本人は「古武道」のピアニスト 姉尾武氏。
ショーロクラブのギターリスト 笹子重治氏。
中国人は二胡の馬暁喧さん(多分最後の字が違う)
とAminさんの2人出演した。
ラストは全員で合奏し、感動のフィナーレでした。

日本館の音響は、外部の音が遮断出来ていないので、
バラード系の音楽を演奏する時はすこし騒がしい感じ。
日本館のスタッフに失礼な情報だと思うけど、次に出演
する人達の為に、この情報を流しておきます。

10:22 [Comment:0]

今から上海へ

05 12 *2010 |

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今から上海へ行ってきます。
劉 宏軍率いる「天平楽府」のメンバーとして、上海万博日本館
で演奏します。

今回は帰国日を少し伸ばし、ボス達と小旅行もします。
ボスと言っても「893」ではないよ。
僕が1996年からお世話になってる、尊敬する実業家だよ。
ボスは日本だけでなくアジア諸国にも会社を持っており
初めて東京の事務所に行った時、インターナショナルな会社
だから、秘書も部下も彼を「ボス!」と呼んでいたんだ。
しかし、本人は凄く礼儀正しく、えばらず、品のある、
凄〜く優しい  もと横浜のヤンキー(笑)なんだ。

ボスと行動すると、必ずと言って良い程、一生忘れられ
ない様な事が起きるんだ。
さてさて、今回はどんな旅になりますやら…。
インターネットが繋がれば、記事を書きますね。
お楽しみに。
では、行ってきま〜す。

10:33 [Comment:0]

カニラーメン

05 02 *2010 | プライベート

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大好きなカニラーメン食べてきたよ〜ぉ(喜)

稲葉はラーメンが大好き。
ひもとけば、18歳頃の実家近所の札幌ラーメンの味噌ラーメンと
カレーラーメンから始まり、青山ビクタースタジオ近くのホープ軒
でも、有名になり、味が変わってしまったのが残念だ。
その後は数えきれない程のラーメンを好きになった。
あれから30年経ったけど、今でも心に残ってるのは、
伊東駅近くの「福々亭」の醤油と塩ラーメン。
これはどちらも絶品。
四谷三丁目の???ラーメン。
まだまだあるけど、何を言っても一番好きなのは
新潟県寺泊の 汐の華 の「カニラーメン」
これは24歳の時に初めて食べたけど、今まで食べた中で、
これを越えるラーメンは見つからない。
上海の准海西路の「マーラータン」も最高だけど、
もし今夜稲葉のベストを言いなさいと言われたら
寺泊の「カニラーメン」と上海准海西路の「マーラータン」
と言いましょう。

ゴールデンウィークは、久しぶりに新潟へ行き、食べたよ。
まいう〜!!

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天使に出逢った(笑)

04 28 *2010 | 音楽

今日は千駄ヶ谷のビクターのスタジオでレコーディングがあった。
作編曲で今や飛ぶ鳥を落とす勢いのチャーミングな女性(ひと)
菅野よう子さんのディレクションだった。

菅野さんのレコーディングは何度かやらせてもらってるけど、
凄く映像が見える音楽なんだ。
スタジオに着き挨拶を済ませ、ヘッドフォーンを冠った時、
素敵な歌声が聞こえてきた。

坂本真綾さん  ビックリした。
凄く透明な歌声で、力が抜けてて、自然と歌詞が心に刺さってくる。
丸で天使の歌声だった。『坂本真綾』 今後要チェックだよ。

帰りがけに菅野よう子さんと再度話しをした。
菅野さんは本当にチャーミングだ。
そこで聞いた面白い情報なんだけど、事務所が彼女の名刺を
作る時、音楽家、作曲家、アレンジャー、と肩書きは色々あるけど、
「天使」と書いたそうだ。

確かに天真爛漫で、彼女はまるで天使だよ。
天使と書かれた名刺欲しかったな。
次回お会いした時には、絶対にねだってもらお。

今後、僕の名刺には「忍者」と書く事に今決めた(笑)

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ついつい無理

04 27 *2010 | プライベート

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最近の稲葉は何だか慌ただしさに目眩がしてる。
先日、定期検診に行ったら「心臓は正常だけど、メニエルだ」
と診断された。確か2003年の今頃にも、過労でメニエルになった。
あれから7年の歳月が過ぎ、医学は日進月歩、今年は
「良い薬がある」と言われ、飲んだら確かに治った。

しかし、これって本当は体の叫びなんだよね。
もっと、ゆったり、ゆっくり、生きなきゃいけないんだよね。

でも僕にはやりたい事が沢山あるから、ついつい無理しちゃう。
でもそれが凄く楽しいし、幸せ感じてる。

写真はハワイに住む姉の家。
ここでは時間がゆったりと流れている感じがする。

ちょっと遊びに行ってこようかな…。

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エネルギー

04 24 *2010 | 音楽

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現代狂言で初演から一緒のお笑いコンビ「エネルギー」の
コントを観に、国立演芸場へ行った。
国立劇場は東京楽所時代は頻繁に出演していましたが、
演芸場は初めて行きました。

満席の場内で、前座から始まり、講談、落語と続き
エネルギーのコントが始まった。『場内は大爆笑!!』

エネルギーの新作ネタは、今までに誰にも無いスタイルで、
本当に面白かった。『新しいコントの幕が今日開いた』
が僕の印象だった。仲間として凄く誇らしい気持ちになった。

二部のトップバッターは「爆笑問題」
さすが凄く面白くて、話しに引き込まれた。
でも、エネルギーも全然負けない位、インパクトがあった。
みなさんも、一度観に行ってみてね。
お腹痛いくらい笑うよ。

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二足の草蛙(わらじ)

04 20 *2010 | 音楽

僕は18歳から24歳までの6年間、篳篥の他に、SAX
(AltoとSopとTenor)の二足の草蛙をはいていた。
この頃はすごく楽しかった。色々な仕事も出来る様になったし、
友達も沢山出来て、貧乏で生活は苦しかったけど楽しかった。

でも実は音楽的には、この頃が1番苦しかった。

サックスをメインにすると、篳篥の古典奏法が崩れてしまう。
篳篥をメインにすると、サックスのジャズがスイングしない。
この現象は、本当に如実に、リアルに、僕に襲いかかってきた。

だから対策として、特に影響が大きい『篳篥』の国立劇場とか、
東京楽所の大きな仕事が入ると、本番前の数日間はサックスを
吹かない様にした。

雅楽とジャズ、これはスイング(グルーブ)の仕方が違うんだ。
そんな時に師匠から「こっちをやるならそっちを止めて、
そっちをやるなら、こっちを止めなさい!!」迫られた。
悩んだあげく、僕は篳篥を選んだ。

今でも、「笙を吹いた後すぐに笛を吹く」とか「篳篥を吹いた後
すぐに笛を吹く」とか、サックスで吹き捲くった後すぐに篳篥を
吹くと、音が出ない時もある。
しかし、それぞれの音楽の世界感は崩れなくなった。

18:39 [Comment:0]

太陽の塔

04 13 *2010 |

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4月13日 大阪の万博記念公園内の迎賓館に行った。
RHから本番まで時間があったから、モノレールと地下鉄を
乗り継いで梅田まで行って来た。
そうしたら子供の頃に衝撃的だった光景の記憶。
見覚えのある塔を見つけた。

あれは何歳の時だったんだろう?
万博は人がいっぱいで、迷子になりそうで、兄弟の洋服を
ギュ と握って放さない様にした事だけを思い出した。

確か、アメリカ館とかソ連館は長蛇の列で、日帰りの僕達家族は
列ばないで入れるパビリオンだけに入ったのを思い出した。
でも楽しかった。

あれから日本は大きく変わって行き、経済大国に伸し上がった
のだと言う。

来月僕は上海万博へ行くんだ…。

18:23 [Comment:0]

浅井均調さん

04 04 *2010 |

2010年1月3日に亡くなった楽器師の『浅井均調』さんの
お参りに行ってきました。
あの日(1月3日)朝7時頃、稲葉はまだ徹夜のレコーディグ
が終わらずに作業していました。
そこへ後輩から「浅井均調さんが、今朝5時◯◯分に亡くなり
ました」とメールが届いたのです。
それ以後のレコーディングは泣きながら吹いた事を忘れません。

その後、この3ヶ月間に4〜5回程名古屋へ行きましたが、
四日市まで行ける時間が作れず、均調さんのお参りへ行けま
せんでした。今日やっと四日市へ行けたのでした。

しかし、そこには更なる均調さんからのメッセージがありました。
これは実績を残せたら、いつの日にか話したいと思います。

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知立遍照院へ

04 03 *2010 | 音楽

4月2日と3日は知立(名古屋)遍照院の落慶法要へ
行きました。
満開の桜、青空、そしてとても賑やかな最高の日和でした。

00:02 [Comment:0]