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ついつい無理

04 27 *2010 | プライベート

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最近の稲葉は何だか慌ただしさに目眩がしてる。
先日、定期検診に行ったら「心臓は正常だけど、メニエルだ」
と診断された。確か2003年の今頃にも、過労でメニエルになった。
あれから7年の歳月が過ぎ、医学は日進月歩、今年は
「良い薬がある」と言われ、飲んだら確かに治った。

しかし、これって本当は体の叫びなんだよね。
もっと、ゆったり、ゆっくり、生きなきゃいけないんだよね。

でも僕にはやりたい事が沢山あるから、ついつい無理しちゃう。
でもそれが凄く楽しいし、幸せ感じてる。

写真はハワイに住む姉の家。
ここでは時間がゆったりと流れている感じがする。

ちょっと遊びに行ってこようかな…。

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エネルギー

04 24 *2010 | 音楽

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現代狂言で初演から一緒のお笑いコンビ「エネルギー」の
コントを観に、国立演芸場へ行った。
国立劇場は東京楽所時代は頻繁に出演していましたが、
演芸場は初めて行きました。

満席の場内で、前座から始まり、講談、落語と続き
エネルギーのコントが始まった。『場内は大爆笑!!』

エネルギーの新作ネタは、今までに誰にも無いスタイルで、
本当に面白かった。『新しいコントの幕が今日開いた』
が僕の印象だった。仲間として凄く誇らしい気持ちになった。

二部のトップバッターは「爆笑問題」
さすが凄く面白くて、話しに引き込まれた。
でも、エネルギーも全然負けない位、インパクトがあった。
みなさんも、一度観に行ってみてね。
お腹痛いくらい笑うよ。

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二足の草蛙(わらじ)

04 20 *2010 | 音楽

僕は18歳から24歳までの6年間、篳篥の他に、SAX
(AltoとSopとTenor)の二足の草蛙をはいていた。
この頃はすごく楽しかった。色々な仕事も出来る様になったし、
友達も沢山出来て、貧乏で生活は苦しかったけど楽しかった。

でも実は音楽的には、この頃が1番苦しかった。

サックスをメインにすると、篳篥の古典奏法が崩れてしまう。
篳篥をメインにすると、サックスのジャズがスイングしない。
この現象は、本当に如実に、リアルに、僕に襲いかかってきた。

だから対策として、特に影響が大きい『篳篥』の国立劇場とか、
東京楽所の大きな仕事が入ると、本番前の数日間はサックスを
吹かない様にした。

雅楽とジャズ、これはスイング(グルーブ)の仕方が違うんだ。
そんな時に師匠から「こっちをやるならそっちを止めて、
そっちをやるなら、こっちを止めなさい!!」迫られた。
悩んだあげく、僕は篳篥を選んだ。

今でも、「笙を吹いた後すぐに笛を吹く」とか「篳篥を吹いた後
すぐに笛を吹く」とか、サックスで吹き捲くった後すぐに篳篥を
吹くと、音が出ない時もある。
しかし、それぞれの音楽の世界感は崩れなくなった。

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太陽の塔

04 13 *2010 |

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4月13日 大阪の万博記念公園内の迎賓館に行った。
RHから本番まで時間があったから、モノレールと地下鉄を
乗り継いで梅田まで行って来た。
そうしたら子供の頃に衝撃的だった光景の記憶。
見覚えのある塔を見つけた。

あれは何歳の時だったんだろう?
万博は人がいっぱいで、迷子になりそうで、兄弟の洋服を
ギュ と握って放さない様にした事だけを思い出した。

確か、アメリカ館とかソ連館は長蛇の列で、日帰りの僕達家族は
列ばないで入れるパビリオンだけに入ったのを思い出した。
でも楽しかった。

あれから日本は大きく変わって行き、経済大国に伸し上がった
のだと言う。

来月僕は上海万博へ行くんだ…。

18:23 [Comment:0]

浅井均調さん

04 04 *2010 |

2010年1月3日に亡くなった楽器師の『浅井均調』さんの
お参りに行ってきました。
あの日(1月3日)朝7時頃、稲葉はまだ徹夜のレコーディグ
が終わらずに作業していました。
そこへ後輩から「浅井均調さんが、今朝5時◯◯分に亡くなり
ました」とメールが届いたのです。
それ以後のレコーディングは泣きながら吹いた事を忘れません。

その後、この3ヶ月間に4〜5回程名古屋へ行きましたが、
四日市まで行ける時間が作れず、均調さんのお参りへ行けま
せんでした。今日やっと四日市へ行けたのでした。

しかし、そこには更なる均調さんからのメッセージがありました。
これは実績を残せたら、いつの日にか話したいと思います。

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知立遍照院へ

04 03 *2010 | 音楽

4月2日と3日は知立(名古屋)遍照院の落慶法要へ
行きました。
満開の桜、青空、そしてとても賑やかな最高の日和でした。

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楽遊 4 陽関の曲

03 23 *2010 | 音楽

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最後は「陽関の曲」です。
この曲は中国唐代より歌い継がれるさよならの曲です。
実際のご葬儀の出棺の時も、この曲で先生をお送りしました。

曲名としては「陽関三畳」と言う方もいますが、これは演奏方法
の事で、稲葉の演奏は「陽関三畳」と長さがちがいますので、
「陽関の曲」と言っています。

これは雅楽の曲ではありませんし、古典的な篳篥の奏法とも
かなり違います。
東儀兼彦先生には伝統を守る「宮内庁楽師」という面と、
楽器の可能性を切り開く「篳篥奏者」としての面がありました。

稲葉は篳篥奏者としての兼彦先生の一番弟子です。
最後は稲葉の大篳篥で先生をお送りさせて頂きました。

満席で多くの方々に来て頂き、誠にありがとうございました。

一日為師、終身為父

Photo by Kumi.Akasaka

00:04 [Comment:0]