日々の生活を気ままにつづった日記帳。画像をクリックすると拡大します。
9月26日から30日まで韓国ソウルの西北にあるナミソムへ
行ってきた。ここは「冬のソナタ」のロケ地で有名な所だ。
僕が所属している天平楽府と言うバンドの楽頭 劉 宏軍さん
がこの島(国)の文化部長(大臣)でとても素晴らしい
楽器博物館を作ったんだ。そんな関係から呼んでもらったのだ。
この島(国)はとても美しく良い所だった。
できればプライベートでもう一度行ってみたい場所だ。
特に社長さんや会長さんが素晴らしい。
凄く刺激的な素晴らしい人だ。
それから、来年2つ目の部屋が完成予定の劉 宏軍さんの
楽器博物館は圧巻だよ。みんなも是非1度行ってみてね。
今回のメンバーは
ギター 長谷川友二 ベース 増根哲也 パーカッション 和田啓
色々あって演奏環境はあまり音楽的でなかったけど、
彼等とのセッションはとても楽しく、刺激的だった。
このユニットは大切にし、しばらく続けたいと思ってる。
今日は親父の命日だった。
NHK の仕事があったからお墓参りに行けなかったけど、
来週少し時間が作れるから行って来よう。
さて、数ヶ月前の話しですが『Soul Calibur 4』が出てますね。
稲葉3面で篳篥吹いてますよ。
そう言えば、先日チャルとシェリーの散歩をしてたら、
近所のマンションの前にバイオリンのケースに粗大ゴミシール
が貼られて捨ててあった。恐る恐る中を開けてみると美しい
バイオリンが入っていた。
そのままケースを閉めて置いて行きぼりに出来ず、我家へ
連れてきた。ご紹介します。バイオリンの「キーコ」です。
なぜキーコか?僕が演奏すると「キーコー」と鳴るからです。
ご無沙汰してしまいましたが、稲葉PhotoBockに
帰ってまいりました。みな様お元気ですか?
今年の稲葉は師匠が亡くなり、母が亡くなり、
稲葉にとっては孤独と言うか…独り立ちと言うか…
旅立ちと言うか…とても激動の年であります。
そんな訳で、最近はホームページを更新せずにごめんなさい。
9月7日に幼なじみのMHに久しぶりに会ったのですが、
「最近HP更新してない…」と言われてしまいました。
だから書く訳ではないけど近状報告。
最近は松坂慶子さんの「天守物語」や
南原清隆さんの「現代狂言(サードライフ)」や
12月13日21時放送のNHKスペシャル時代劇「母恋ひの記」
谷崎潤一郎『少将滋幹の母』より 「スペシャル時代劇」や
僕のバンドの韓国公演(長谷川友二、増根哲也、和田啓)や
(仮称)夢とお財布プロジェクトの「京都国立博物館公演」や
足利大田楽と伊東大田楽や天平楽府の11月公演の準備や
某有名歌手(詳細は後日公示)のサポートや
僕のスタジオが企画する新企画等に追い立てられ、
嵐の様な日々を過ごしております。
そんな訳で母親の葬儀にも出れず、今月9月20日の
納骨にも出れず、9月23日に行われる50日祭も出れない。
しかしこんな事理解してもらえないかも知れないけど、
僕と母は本当に強く繋がってると、
守ってくれていると思う今日この頃です。
稲葉は母と同じ心臓に病をかかえておりますので、
どう考えてもそんなに長生きは出来ないと思います。
しかし命の限り、自由に篳篥や笛を吹き続けたい
と心から願っております。
みなさまには応援の程、よろしくお願い致します。
いなばあきのり
弔 電
稲葉やす子様
最期のお別れの日に葬儀に出席出来ずにごめんなさい。
僕は今、石川県で山代大田楽と女優の松坂慶子さんyや狂言師の
野村万蔵さん達と舞台「天守物語」をやっています。
この舞台はこれから日本を数カ所回り、最終地は来年3月の
ハワイ公演だそうです。
初めてプロとして舞台に出る時、師匠である東儀兼彦先生より、
「舞台に穴をあけてはいけないよ。親の死に目でも舞台は
つとめる事…」等と心構えを教えて頂いた事を覚えていますか?
そんな訳で、お母さんが心臓の大手術をした日も僕は舞台に
出ていましたね。
僕が雅楽をやる事を誰よりも願い、応援してくれたのは
お母さんでした。
本当に時々ではありましたが、他の兄弟に見られない様に
こっそりと100円を手渡してくれて、「頑張れ!!」と耳元で
言ってくれたお陰で、僕は「あの大嫌いな雅楽の練習」を
続ける事が出来たと思います。
どうか、天上で和泉のお爺ちゃん、お婆ちゃん、
それからお父さん達としばらくは ゆっくりして下さい。
僕達稲葉の兄弟は、みんなで仲良く助け合って生きて行きます
から心配いらないよ。
踊りや唄が大好きで、いつも明るいお母さんの子供に生まれて、
僕は幸せ者でした。「ありがとう」
山代温泉より 明徳
写真は両親が結婚当時のバラックの我家
訃報
2008年7月29日23時25分
稲葉やす子(87歳)が永眠しました。
生前中大変お世話になった皆様には厚く御礼申し上げます。
母の最期は多くの家族(19人)にみとられ、息を引き取りま
した。母の最期の瞬間、僕達家族は長男を先頭に、延命の祈り
ではなく、今日までの感謝の祈りを、心を1つにみんなで捧げ
ました。祈りが終わる頃、ナースステーションに響くブザーを
聞き、当直の医師と看護婦さんが再度診察の為に部屋に入って
来ました。僕は先生に「今、お祈りをしていますのでこのまま少しお待ち下さい」とお願いしました。
そして30秒後、最後に家族全員、息子、娘、連合い、孫…で二拝の柏手
(かしわで)を心を1つに「パチパチ」と打った数秒後…
心電図も呼吸を表す機器も全が「0」を指しました。
奇跡的なタイミングでした。僕は時計を見ました。
11時24分でした。
担当医が脈や瞳孔を検査し、11時25分「大変悲しい事ですが、
平成20年7月29日午後11時25分永眠しました…」と告げ、
母は87年の人生に幕を閉じました。
ここに生前お世話になった皆様方には心より御礼申し上げます。
五男 稲葉明徳
写真は結婚当時の両親
今日は師匠の新盆の法要でした。
兼彦先生の奥様にご無理を申し上げ、参加可能な兼彦一門の
参拝をお許し頂き、兼彦先生のご親族にまじり一門も参列
させて頂きました。
30年以上おつかえ申し上げあげておりますが、東儀家にこんなに
多くの人が集まった事は、初めてなのではないかと思いました。
素晴らしい新盆でした。
お坊様曰く、「古来、お盆の灯明をあげ、一族でどんちゃん騒ぎ
をする…」風習があるそうで…、
一門は今夜はそれぞれの地元で「どんちゃん騒ぎ」します様、
稲葉も今晩1時から先生の地元「自由が丘」で大騒ぎしたいと
思っていますが、未だに仕事が終わらない…。
織姫と彦星にとって7月7日は待ちに待った「七夕」ですね。
雅楽では七夕の日に「二星」という曲を演奏します。
稲葉の中では七夕と言うと富山(小杉)に「織姫」がいますが
さてさて、お元気でしょうか?(笑)
しかし、僕達はもう数年お会いしてないかも??(笑)
もうひとつ最近の稲葉と言えば「七夕サックス奏者」と言われて、
最近はあまりサックスを皆様にご披露していませんが…(笑)
人生と音楽とお料理にはタイミングが大事です。
稲葉は数週間前、大事な人と逢えるチャンスを逃してしまいま
した。人生チャンスは1度だけの事もある。
みんなは大事なチャンスは逃さない様に生きて下さいね。
取り返しがつかない事もあるからね(笑)
ではでは、
7月5日〜6日は毎年恒例の「東儀兼彦廬舌製作会」が行われた。
僕達「東儀兼彦一門会」が集まり、廬舌(リード)の作り方を
学びながら色々思い出話しに花が咲いた楽しい時間でありました。
もう10年位やってるので、さすがにみんな上手になり、
来年からは孫弟子まで誘いたいと思いました。
稲葉は2日目朝、寝坊してしまいましたが、突然「おもろ〜」な
発想が出て、素晴らしい新しい楽器を作りだしました(笑)
きっといつの日にか、この楽器で皆さんを笑わせ、ビックリさせ、
感心させてみせましょう!!(笑)
参加のみなさんお疲れさまでした!!
兼彦先生が居なくて寂しかったけど、凄く楽しかったですね。
きっと先生も喜んで下さっていると思いますよ。
また来年会いましょうね(明年見!!)
もう1つの今日の発見は、奥様同士の会話。
「うちの主人は…」「あら、うちは…」僕は横で大笑い。
今まで先生方と一緒に居た事は多かったけど、奥様方と一緒に
過ごしたのは、数十年の雅楽人生の中で今日が初めて(笑)
いやぁ〜、楽しかった。楽しかった言うか、今までの師匠に対する
全ての疑問が繋がったとでも言おうか…?とにかく笑った。
今日はいつもなら凄く泣き虫な宏子奥様が、東儀京子奥様の為に
泣かずに色々アドバイスしていた。
それを聞いてる僕は横で泣けてきた。
僕達が「帰ります」と言った途端に泣き始めたのは、きっと
堪えられなかったんだね。多先生の奥様らしいよ。
今日の奥様方のお話は凄く面白かった。
面白かったと言うよりも、嘘の無い発言に凄く学べた。
東儀の奥様とはドライブがてら、月一でお見舞い行きたいな。
今日は篳篥の師匠 東儀兼彦先生の奥様と一緒に、元東京楽所の
楽頭で、僕にとっては琵琶や合奏の師匠 多忠麿先生の奥様に
会いに行った。できたてホヤホヤのCDをお渡しする為だった。
多先生は1994年12月に亡くなった。奥様は1年祭が終わって
すぐに倒れ、以来もう13年程入院している。
以前からすごくやり手な素敵な女性だったが、今日CDをお見せ
した途端に駄目ダシ一発!!(笑)しかも凄く的確な駄目ダシ
だった。マイッタ。
今回作った忠麿先生の唱歌CDには忠麿先生の絶筆と兼彦先生の
絶筆が載せてある。その事を僕はCDに書かなかったんだ。
「これじゃ誰も絶筆だと分からないわよ…」
「あっっっ!!ごめんなさい!!」まったくその通り。
声も出なかった。
ご恩のある先生達へのご奉公が終わったと思っていましたが、
稲葉は今後、このCDには忠麿先生の絶筆と兼彦先生の絶筆が
記載されている事を売り切れまで叫び続けますよ(泣笑)
それにしても、多宏子奥様!!すごい!!
素晴らしい!!やっぱ大好きです。
毎日が慌ただしく過ぎて行きますが、
みなさん元気ですか?
稲葉は来年に向けての新しい動きを色々
始めました。
まだ発表できないのが残念ですが…
ボーカルブースはとても立派なのが組み
上がっています。今日は内装の色などが
決まりました。ビックリするほど丁寧な
作業です。
最近沢山曲も書いていますから、組み
上がったら早速録音ですね。
何だかとても楽しみです。
早くみなさんいも聞いて頂ける日が来ると
良いのですが…
稲葉には師匠が2人おります。
1人は先日亡くなってしまった篳篥の東儀兼彦先生。
そうしてもう1人は琵琶やアンサンブルを教えて頂いた多忠麿先生です。
多先生と東儀先生は共に昭和から平成への雅楽黄金期の立役者です。
多先生は1994年12月に亡くなりました。
東儀先生はかねてより「忠麿さんの唱歌のCDを作りたい…」と仰って
おり、「俺の目の黒いうちに頼むぞ」と稲葉は仰せつかっておりました。
先日4年の歳月を経てようやく完成致しましたのでご報告致します。
多忠麿先生が40代の頃の唱歌36曲と共に、最晩年の唱歌7曲と
演奏上の注意点等も収録されています。
稲葉としては特に最晩年の唱歌が大好きです。一音一音を大切に唱歌
されています。是非1度お聞き頂きたく思います。
尚、発売日は今月大阪国立文楽劇場で行われる、多先生と東儀先生の
縁のある「大阪楽所」の演奏会の日2008年6月28日です。
どうぞよろしくお願いします。
兼彦先生との「俺の目の黒いうちに…」という約束は守れません
でしたが、完成させる事ができました。
最後にこのCDに対する東儀兼彦先生の思いを載せさせて頂きます。
この文章が兼彦先生の公開される絶筆となってしまいました。
「鳳笙唱歌によせて」
以前「雅楽の独習」という越天楽と陪臚の唱歌•独のカセットが発売されました。(平成十九年復刻)その時のメンバーは、笙•多忠麿、笛•芝祐靖、篳篥•東儀兼彦でした。雅楽にとって唱歌は基本中の基本です。笛の唱歌と独奏は芝祐靖氏が出されており、篳篥は唐楽から高麗楽まで私の唱歌を出させて頂く事が出来ました。我々三名は年齢も近く、先輩後輩として時に競わせて頂きながら腕を磨いて参りましたが、この度、茲に笙の唱歌が加わる事は非常に有意義な事だと思います。各系統の師匠により唱歌に多少の違いはあると思いますが、笙を勉強される方はこれを参考に精進される事を願っております。
東儀兼彦
先日近所の建設会社(自由が丘最大手=おべんちゃら)の方に、
「PCのモニターをダブルにしたんだけど、良いスタンドが無いんだ…」と
相談したら作ってくれた。
最近は音楽家も作曲、アレンジ、打込み、トラックダウン等、全ての事が
出来ないといけない世の中になってしまったけど、この現象はどの世界も
同じ様です。一般建築屋さんなのに、何でもやってしまうのです。
今日からブース(録音する為の個室)の工事が始まった。
これが出来ると我家の通称『きのくにやSTUDIO(笑)』も本格的だ。
良いマイクもアンプもスピーカーも揃ったから、今後は心に素直に
前へ進むのみだ。ここ最近は作る曲も、そのサウンドもどんどん変化
して行くのが分かる。毎日が凄く新鮮で楽しい。
その半面、ここ数ヶ月、いや数年…色々な物や人を失ってしまった
苦しみや悲しみから いまだ逃れられないでいる自分もいる。
今日はブースを設置する部屋の床を増強し、防振ゴムも敷き、
足回りが完成しつつある。これからが防音の為の工事が始まりだ。
まだこの上に96k 25mmグラスウール、25mmのパーチクルボード、
それから2.5mmの遮音ゴム、さらにコンパネを敷き、その上に何か
床材(まだ未定)を敷く。
しかし、工事はまだまだ続き、その床の上にさらにブースの為の
100mm位のブースの浮き床が乗り、その上にブースの床が乗り、
さらに遮音シート……まだまだ続くのだ。本当に防音工事は大変だ。
先日、大手スタジオ施工会社にボーカルブースの見積もりを
出してもらったら、僕の予算を遥かに越えていた。
ここ2年、自宅そしてスタジオと、大枚なお金を使ってしまったから
相談していたエンジニアさんに「今回ボーカルブースは諦める…」と
いう言葉を発した時の事なんだけど、
そのエンジニアの携帯電話が鳴ったんだ。 リ〜ン
彼は数分間、電話で何やら話しをしていた。
そして電話を切るなり、ニヤニヤしながら
「稲葉さん!!アビテクスのボーカルブースが不要になった人がいて、
引取先を探してる人から電話だった…………絶句……』
何てタイミングが良いのだろう。
そんな訳で、今僕のスタジオの隣の部屋は分解されたボーカル
ブースが運び込まれ、近日組み立てが始まる。
1日も早く工事が完了し、音楽制作ばかり考えて生活したい。
それにしてもここ数日で、一体何十曲レコーディングしただろうか?
今日6月10日は野村万之丞さんの4回目の命日でした。
みのもんたさんのおもいっきりいいテレビの「今日は何の日」で
12分間紹介されました。
早いものでもう4年の歳月が過ぎたのですね。
まったく、昨日の事の様でもあり、遠い昔の事の様でもある。
僕には万之丞さんの無念さを察っする事が出来たので
とてもショックで、複雑な体験(心持ち)だった。
今まではヤマハのアンプを使っていたのですが、アムクロンにして
みたら、すごく良い音になった。そんな訳でメインのスピーカーと
製作用のスピーカー(10M)もアムクロンにチェンジしようと思う。
マイクは欲しいものが4本もあった(泣)
何で泣くのか…って? だって、凄〜く高価いんだもん。
でも買う事に決めた…。
先日、冨田勲先生の企画で、マイクロフォンのチェックがありました。
Neumann DPA ROLAND SANKEN等多くの企業が参加し、
5:1のサラウンド録音や、ソロ演奏を各社の様々なマイクで録音等、
素晴らしい企画であり、丁度マイクの事が知りたかったので、僕に
とって、最高の経験となりました。
僕のスタジオのマイク購入計画もあったので、上記とは別個に、
行きつけの楽器屋さんや、エンジニアのTさんのお力をお借りし、
興味のあるマイクを沢山お借りし、録音してみました。
今までの音楽人生の中で、これほど沢山のマイクを触ったのも、
録音したのも初めてでした。
ビックリしたのはマイクは高価い!! 1本40万円位は ざらだし、
ビンテージマイクは1本 60〜70万するんだ。
でも凄く良い音!!良い音を追求するのは大変だね。
でも最高に楽しいよ。
慌ただしく毎日が過ぎて行きますが、みなさん元気ですか?
5月11日に師匠 東儀兼彦先生の納骨の儀が行われました。
それまで師匠のご親戚の方々とお会いする機会は、殆ど無かったの
ですが、今回 ご葬儀から納骨までの間に、何度もお会いさせて頂き、
親しくお声がけ頂き、お話する機会に恵まれ、とても嬉しかったです。
さて、数日前には松坂慶子さんの舞台の台本が届きましたし、
ウンナンの南原さんの「現代狂言の打合せ」も始まっていますし、
韓国へも行く事になりましたし、新しいレコーディングプロジェクト
(数本)も始まりました。
最近 心の力が少し弱っていましたが、四十九日の法要も無事にすみ
ましたので、ここらで心機一転 歩み始めようと思います。
今後とも応援よろしくお願いします。
4月7日と8日は僕のスタジオ(通称きのくにやSTUDIO)で
RH(リハーサル)をした。
ストリングスカルテットやパーカッションや
ギターやベース 総勢10人。
さすがに僕の部屋に10人はキツイ。
隣の人と演奏する腕が当たってしまう事もあった。
でも僕の部屋は音がすごくクリアなんだ。
すごく気に入ってる。
そうそう、告知が遅くなってしまいましたが、
4月11日に赤羽橋の「パシフィックヘブン」で
「魅惑の音楽団」のライブやりま~す。
すごく楽しいから見に来て下さい。
ではでは